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市来とも子Official WEB / Ichiki Tomoko2015

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ともに生きる。いちともブログ

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「二度とファシズムをつくらない」国民的合意形成を


7月16日、戦争法案が衆議院で強行採決されました。
多くの憲法学者がこの法案は違憲であると宣言し、世論調査では実に80%以上の人が法案について十分に説明していないと回答(読売新聞:7/3~5日調査80%、毎日新聞:7/4~5日調査81%)をする中で、安倍政権は数の力で押し切りました。
 時の政権が、国の最高法規である憲法を無視した法案をつくるなら、それは立憲主義を否定し、独裁政権=ファシズムにつながります。今回の強行採決は、集団的自衛権についての賛否以前の、立憲主義と法の支配を揺るがす根本的な問題を内包しています。

 日本は戦後、日本国憲法において二度と戦争をしないと国内外に誓いました。「押しつけ憲法」と揶揄されますが、戦争に疲弊した国民の総意をもって受け入れられたからこそ、戦後70年憲法は改正されなかったのです。
一 方で、日本は国の統治のあり方について「曖昧さ」を残しました。それがまさに司法が高度な政治問題については判断を行わないとした砂川判決でした。アメリ カとの不平等な地位協定、原子力協定などの協定に加え、密約という形で数々の決まりごとが憲法の上位にあることを容認する見返りに、私たちは経済的な繁栄 を手にしてきました。アメリカの影響を恐れ司法が正しさを判断しない(できない)「曖昧さ」を受容してきた日本は、一方ではしたたかであり、その戦略が完 全に間違っていたとは言い切れないのかもしれません。

 しかし戦後70年にして、その「曖昧さ」がファシズムを生みだす余地を残している ことを安倍政権が証明してしまいました。日本が選択をしてきた戦争責任の曖昧さとアメリカに従属しつづける曖昧さが、今、集団的自衛権を行使できる法案の 強行採決という形で、戦後70年の節目にツケとして現れているのです。そして悪いことに、その曖昧さをアメリカはさらなる覇権主義のために利用しようとし ています。
18世紀の憲法か? と見まがうような憲法草案が与党である自民党から平気で出されました。主義主張があってもモノが言えない、勉強会の開催を中止させられ、マスコミへの出演 を禁じられ、多様な意見が許されない自民党の現状が報道されています。この現状こそファシズムと全体主義につながるものではないでしょうか。


日本をかの無謀で悲惨な戦争に駆り立てたそのエンジンは、まさにファシズムでした。そのファシズムに対する反省と責任、権力とはどうあるべき かという議論が成熟しないまま、戦後日本は経済成長によってあたかもその問題を越えたかのように振舞ってきました。護憲や平和を訴える私たちもその曖昧さ について、真正面から向き合おうとせず、戦争責任と国の統治のあり方についての議論は棚上げにされてきました。
 そう考えると、今この日本で起き ている状況は、いずれ遠からず国民が向き合うこととなる問題であったようにも思います。戦争体験者がかろうじて存命しているこの時代に、私たちがこの曖昧 さを乗り越えることに真剣に向き合わなければ、次世代の人がもっと強烈な独裁の中で、この問題にぶつかることになるでしょう。
 私たちは二度と戦 争をしないと誓ったのと同じように、「二度とファシズムをつくらない」という国民的な合意を形成する必要があるのです。その国民的な合意を得るためには、 政治、司法、市民運動の中で実現をしなければいけません。強行採決により安倍政権の支持率が下がり、不支持率があがったと一喜の声がありますが、この問題 は支持率で解決されるものではなく、国民的合意形成の運動の中で、初めて乗り越えられる問題なのです。第二の安倍政権、第三の安倍政権がいつの時代にも生まれる可 能性があります。平和運動をされてきた方からは批判されるような内容を主張するかもしれませんが、憲法改正が現実味を帯びてきている中で、平和運動自体が 質を変えなければいけない時代が来ているように思います。

曖昧さを乗り越えるために


政治の場では、アメリカとの不平等な 協定をどうしていくのか。アメリカとの関係を法体系の中で捉えなおす必要があります。なぜ、地位協定のような不平等な協定を国際社会が容認しているので しょうか。それは、第二次世界大戦後に敗戦した日本やドイツの国際的な立ち位置が国連憲章に位置付けられているからです。国連憲章2章の第53条、第 107条にある有名な敵国条項です。国連憲章は各国の主権平等の原則を謳っていますが、日本やドイツなどの敗戦国に対しては、戦争後過渡的期間の間に行っ た各措置(休戦・降伏・占領などの戦後措置)は無効化されないというもので、この敵国条項があるからこそ米軍基地が認められ、基地内にはアメリカの旗とと もに国連の旗があるのです。この敵国条項をなくすために、本来政府は努力をしなければいけないはずです。沖縄の米軍基地や辺野古などを筆頭に、アメリカと日本の不条理で不平等な関係を何としてでも変えなければいけませ ん。そうでなければ、次世代の若者がアメリカの戦争に利用され捨てられることになります。1995年には日本やドイツなどが国連総会において、第53条、77条、107条を憲章から削除する決議案を提出し採択されましたが、未だ条項の削除には至っていません。国連憲章の敵国条項をなくすために、常任理事国である中国・ソ連 も含めて平和外交を徹底し、国際世論から認められて初めて、アメリカとの平等な関係を築けるのだと思います。


 国内政治に目を向けると、一強多弱と いわれる状況が続いています。立憲主義を守る超党派の運動がつくれないかと、昨年6月15日に民主党・社民党・生活者ネットワーク・緑の党・新社会党・無 所属の地方議員が集まり「自治体議員立憲ネットワーク」というつながりをつくりました。現在500名を超える議員・元議員が加盟しています。私は事務局長 として活動しています。また国会でも立憲フォーラムという超党派の議員連盟ができていますが、まだまだ勢力としては弱いと言わざるを得ません。次の参議院 選挙では、民意の受け皿になり得る立憲主義・平和主義を守る勢力を増やすことが必要です。
司法の場では、砂川判決を乗り越えることが必要です。高 度な政治問題については司法が判断をしないと砂川判決にあるからこそ、どんなに憲法学者が違憲だと宣言しても安倍政権は「最高裁が決める問題だ」と言って 強行採決を行ったのです。権力の責任が高度な政治問題で問われないのだとしたら、これこそファシズムの余地を残す最大のものです。司法改革が必要です。今 回の安保法制が60日ルールなどで通ったら日本全国で違憲訴訟が起きるでしょう。実際、違憲論の急先鋒である小林節教授は訴訟の準備を進めていると記者会 見で述べています。この違憲訴訟こそ、砂川判決を乗り越える大チャンスです。同じような曖昧さを残さないために、世論が「ファシズムを許さない」の声をあ げることが必要です。


 さて、市民運動ではどのような運動が必要でしょうか。安倍政権の存続期間があとどの程度あるかわかりませんが、憲法改正の手続きが実際に行われた場合、市民運動はもちろん自民党の憲法改正NO!の声をあげることになるでしょう。
  しかしその一方で、一度国民投票が行われたら、憲法改正議論はいつの時代にも起こり得るものになります。と同時に「解釈」でなし崩し的に政治と現実を変え ようとする目論見がまかり通る現状は続いていくのだと思います。つまり、現統治体制ではファシズムが生まれる余地は続くということです。憲法改正を勢いづ かせることになる議論には乗っからない、従来からの護憲、活憲、憲法を守る運動は正しいと思います。しかし、ここは意見の分かれるところだと思いますが、 実際に憲法改正の国民投票が行われる際は、私はこの国が半永久的にファシズムをつくらないために、国民的議論に基づいた反ファシズムの市民憲法草案が必要 だと思います。ファシズムが巨大な獣として私たちの目の前に二度と現れないように、今こそ日本中の良心と智慧をかき集めましょう。

2015年7月31日
杉並区議会議員 市来とも子

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