対談

[対談] 参議院議員 宮沢ゆかさんといちき伴子さんの対談を行いました。

By 2019年6月6日 6月 10th, 2019 No Comments

いちき●宮沢さんは子育て支援の活動をされてきましたね。

宮沢●私は、名古屋から山梨に来て一人で子どもを育てる大変さを知ったんです。子どもが3ヶ月の時に仲間を集めて「子育て支援センターちびっこはうす」を作りました。その当時は子育て支援ということがあまり聞かれない時代。ちびっこぷれすという情報誌も二人目が生まれたときに始めた。どんどん仲間が増えて、最盛期では1000人の親子が「ママネット山梨」を作り、ちびっこぷれすも1万4千部を無料配布できるほどになりました。各地域で力をつけて、山梨に3カ所しかなかった子ども支援センターが100を超えたんですよ。

いちき●100箇所ですか!女性たちのパワーですね。

宮沢●いちきさんのご実家は、幼稚園と聞きました。

いちき●そうなんです。母が幼稚園の園長で、子どもだけでなく、障害のある方や一人暮らしのおばあちゃんなどに囲まれて育ちました。今振り返ると、地域の「居場所」だったんですね。ママネット山梨は親子の「居場所づくり」そのものだと思いますが、私の育った環境もいろんな方の「居場所」で、そういう環境で育ったことが今の私につながっています。
私の初めての「居場所づくり」は、2011年の東日本大震災がきっかけでした。30年前に厚生省が「遊びは子どものごはんです」という標語を出しています。まさにその通りで、原発事故の影響で、外で遊ぶ時間が制限されている福島の子どもたちに思い切り外で遊んでもらいたい!福島の子どもたちの居場所を作りたい!と思って、震災の翌年に福島の親子約50人を招いた保養キャンプを忍野村の「富士学園」で始めたんです。以来毎年続けており、今年で8年目になります。忍野村の盆踊りに参加したり、差し入れをいただいたり。毎年本当に温かく迎えていただいていて、嬉しいです。

宮沢●私はずっと女性や子どもたちの「居場所づくり」「地域づくり」に取り組んできて、女性の生の声を政治に届けることが大事だと思うようになりました。これからは女性議員を増やす活動にもシフトしていきたいと思っています。女性議員を各地に増やすことで全体の足りない政策を前に進めていきたい。選挙のときに、女性の政治参画は諦めていたという高齢の女性が「ゆかさん、よく立ち上がってくれた。これで生きる希望ができた」と言われたとき、がんばんなきゃ!と思って。いちきさんも立ち上がってくれました。

いちき●今、「日本版パリテ」と言われる女性議員を増やそうとする新たな気運が生まれていますね。私は、政治の現場で児童虐待や子どもの貧困、児童養護施設の課題に取り組みたいです。野田市や目黒区の児童虐待事件など痛ましい事件が続いています。私は虐待などで親に頼ることのできない子どもの後見人制度を確立したいです。成年後見人制度がありますが、その子ども版です。周りの大人が支える制度ができれば、生活面での生きづらさが解消されます。必ず実現したいと考えています。

きっかけはインドの貧困と叔父の自死。
おばあちゃんの「戦争だけはしたらいかんよ」

宮沢●私は活動が中心で議員になっている場合ではないと思ったけど、子育てと介護のダブルケアも経験していて、そういった生の声を政治に届けなければと思ったんです。活動は広がったけど、なかなか女性が安心して子育てや育児ができる社会にはまだまだなっていない。いちきさんが政治を志したきっかけは何ですか?

いちき●私が政治を志した最初のきっかけは、貧困問題です。大学時代にインドのすさまじい貧困を目の当たりにし、貧困は心も身体もボロボロにすることを知りました。経済的につながっている私たちが無関係ではいられないと思い、インドやフィリピンの貧困問題をテーマとするNGOに参加するようになりました。もっと世界を知りたいと思い、バックパッカーで一年間外国を旅しました。今、日本でも格差が広がっています。格差や貧困は政治の力で防ぐことができるものです。
そしてもう一つのきっかけが、同居していた叔父の自死です。子どもながらに叔父の死はショックでした。その当時は自殺は「個人の問題」で、なかなか周りに言えなかった。1年に3万人も自ら命を絶つ社会でようやく自殺は社会的に追い込まれた末の死という認識が広まり、自殺対策が進んでいます。自死遺族としても、さらなる自殺対策に取り組んでいきたいと思っています。

宮沢●3年前、私が選挙に出たときは、子どもたちを二度と戦場に送りたくないという思いから安保法制の廃止を訴えたんですね。集団的自衛権の解釈変更をする閣議決定が行われて、安保法制が作られました。国会では、「一強多弱」による政権のおごりは目に余るものがあります。基幹統計の不正や答弁のごまかしが問題となりました。追いつめられると国会の議論を突然打ち切って強行採決が行われる。今ほど立憲主義や民主主義がないがしろにされている時代はないのではないかと思います。

いちき●最近も、北方領土返還を戦争しかないと言った国会議員がいて、腹立たしかったです。私が生まれた1977年はいまだ戦争の記憶が残る時代でした。母方の祖母は満州からの引き揚げ者なんです。当時材木屋として成した財を全て捨てて、子ども数人を抱えながら必死の思いで引き揚げてきた。戦争の話しをすることはほとんどありませんでしたが、祖母の口癖は「戦争だけはしたらいかんよ」。その言葉は胸に刻まれています。
宮沢●子どもたちを戦場に送るような未来はつくらない。そのためにも力を合わせましょう!

健康・観光(環境)・教育の
新たな3K

宮沢●最後に、山梨で行いたい政策は何ですか。

いちき●健康長寿日本一の山梨、観光と環境の山梨、教育の山梨。頭文字をとって「3K」の山梨に力を入れたい。そして地域経済を躍進させることが大事だと思います。農村地域から人が減り、離農も続いています。担い手がいなくなることは、産業が衰退すること。テコ入れして、農業や個人事業主の後継者を支援する制度を進めたいです。

宮沢●富士山の世界遺産を登録を契機に盛り上がっていますね。
いちき●山梨は、地元の人の「当たり前」が他県の人からみればとても魅力的なものだったりします。魅力を再発見して、豊かで魅力ある山梨を発信したい。移住者支援にも取り組んでいきたいと思います。東京ではどんどん人口が増えているんですね。中央一極集中、東京の一人勝ちでは、いずれ地方も中央もダメになってしまいます。山梨は医療機器や工業用ロボットの工場も多く、そういった特徴も大切にしたいです。本当の地方創生を実現するために、農業、福祉、観光に力を入れた経済政策を推し進めていきたいと思います。

宮沢●山梨の未来のために、子どもたちの笑顔のために、心合わせてがんばりましょう!